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Dance Little Lady Dance [Disco Sund]

過日、23年ぶりに購入したVANのステッカーセットです。上の右の向かい獅子と、下の左は新しいデザインになっています。ステッカーはシルク・スクリーン印刷なので、中学一年の頃に感じたインクと材質の匂いには45年前と変わらない懐かしさがあります。

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私が中学生だった1967年から'68年頃は、メンズショップでVANの服を買うとステッカーを付けてくれましたが、VANとJUNのステッカーは一枚30円くらいで売られていました。当時通学鞄には丸VANで、セパレートのステレオの木製キャビネット部分や机の引き出しに、丸VANや向かい獅子とチェッカーフラッグのステッカーを貼っていました。楕円と台形デザインのは1969年から'70年に出たものと記憶しています。

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私がゴーゴーダンス・ホールやディスコへ通っていたのは、大学三年だった1975年の夏迄でしたが、1976年の2月頃に友人と行ったパチンコ屋の有線で流れていた、ティナ・チャールズの「恋のレディ・ダンス」は今でも好きなディスコ・サウンドになっています。当時は黒のスウィング・トップの革ジャンを着て、リーゼントではないですが短いオールバックのヘア・スタイルでIVYでした。[わーい(嬉しい顔)]


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The Temptations [Disco Sund]

ゴールデンウィークも後半に入り東名高速などの上下線が渋滞していますが、桜の開花が始まっている北海道はというと、3日4日と帯広市などの道東方面は雪景色になっていました。30年程前のGWに札幌の市街地でも雪が降ったことがあり、えっ5月に雪!?と初めての経験だった私はビックリしたものです。

昨年も書いたように5月は私の誕生月でもありバース・デイは「花火の日」で、1733年のこの日は徳川八代将軍の吉宗が行った、両国川開きで初めて花火が打ち上げられた日です。5月20日(金)・21日(土)・22日(日)に予定されていた浅草三社祭が中止になり、東京の三大花火大会の隅田川、神宮花火大会では東京湾大華火大会の中止が発表されています。

自民党の町村信孝元官房長官が、「何でも自粛で萎縮になっている。華美なことは少し控えることでいいが、何から何まで自粛というのもいかがなものか。バランスをとり、次第に回復していくということが大切ではないか」と指摘していたように、自粛の行き過ぎにより社会の活力が失われてしまっては、復興にも影響が出るので被災者のためにも日本の活力を早く取り戻すことです。"木を見て森を見ず"ではいけませんので、思考空間を広げた行動が最も大切ではないかと思います。

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若葉が萌える爽やかな5月を歌詞にしている楽曲がありますが、ザ・テンプテーションズが1964年に発表した「マイ・ガール」にも、"♪I've got sunshine On a cloudy day When it's cold outside I've got the month of May"と、心地よい5月が形容されています。「マイ・ガール」は1965年に全米1位を獲得して、オーティス・レディング、ローリング・ストーンズ、ママス&パパスなどがカヴァーしたバラードの代表曲です。

テンプが1966年に発表して全米29位、R&B1位になった「ゲット・レディ」は、私達の世代だとレア・アースのカバー・バージョンでも知られているダンス・ナンバーですね。動画は銀座ケントスのライブで、お客さん達も「ゲット・レディ」を踊っていますが、銀座ケントスは外タレの来日イベントが多く、テンプを始めザ・スリー・ディグリーズなどのライブが開催されて、地震の影響により延期されていたザ・スタイリスティックスの公演が、6月7日(火)~15日(水)に決まったので是非行かなくては。


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最後の20セント [Disco Sund]

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赤坂にMUGENがオープンした2ヵ月後の1968年7月に六本木にオープンして、1980年代半ば迄あったディスコ「最後の20セント」も一世を風靡した店でしたので、MUGENと同様に懐かしく想い出される方も多いと思います。この店はオープンした頃に流行していたジュータン・バー形式で、店内は靴を脱いであがると真紅の絨毯が敷き詰められ、テーブルの下は掘りごたつになっていて生バンドで踊れるという珍しいスタイルの店でした。一般のディスコと比べると年齢層の幅が広かったので客層も落ち着いた雰囲気で、六本木というロケーションのお洒落な店でありながらリーズナブルなシステムと、ホテルのラウンジのように黒服の従業員のスマートな接客も好印象でした。

ディスコの正式名称はディスコティークですが、語源はフランス語の"discothèque"からきていたのですね。ディスコスタイルの店は第二次大戦後のパリにオープンした、"ラ・ディスコティーク"というクラブから定着したそうです。東京では六本木族やみゆき族の頃にエレキサウンドで踊るダンスホールが銀座や六本木にあったようですが、1965年にオープンした渋谷の"クレイジースポット"と新宿"ジ・アザー"が有名でしょうか。

1974年にディスコでヒットした、私が好きな曲をUPします。カール・ダグラスの「Kung Fu Fighting(吼えろ!ドラゴン)」は全英と全米のヒット・チャートで1位を記録して、世界中で400万枚以上をセールスした曲です。キャロル・ダグラスの「Doctor's Orders(恋の診断書)」は、全米ヒツト・チャート11位とディスコ・チャートで2位を記録した曲で、彼女の母親はゴスペル・シンガーのミニー・ニューサム、従兄弟には伝説のR&Bシンガーであるサム・クックがいます。


タグ:LAST 20 SENTS
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MUGEN [Disco Sund]

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1968年8月号のメンクラの記事に、「MUGEN」ファッション・ルポが紹介されていました。1968年5月に赤坂3丁目のパンジャパンビルにオープンして以来、1987年にクローズするまで一世を風靡した「MUGEN」は、ライフスタイル・プロデューサーの浜野安宏のプロデュースと、横尾忠則の映像ディレクターにより日本でのサイケデリック・ブームを創った伝説のゴーゴー・クラブで、素晴らしい青春の想い出として心に残っているという幅広い年齢層の方々がたくさんいらっしゃいます。

オープン当初の常連客は川端康成、三島由紀夫、丹下健三、小沢征爾、紀伊国屋社長の田辺茂一、画家の金子国義、イラスト界の大御所宇野亜喜良、人形師の四谷シモン、日本医科大学の免疫学教授だった熊谷善博博士、当時は若い世代だった篠山紀信、安井かずみ、三宅一生など各界の著名人と、芸能界では岡田真澄、加賀まりこ、大原麗子など。GSではスパイダース、タイガース、ジャガーズなどのメンバーの顔ぶれがありました。

「MUGEN」に出演した来日アーティストはサム&デイブ、R&B・JAZZシンガーのチャカ・カーンがいたルーファス、アイク&ティナ・ターナー、オハイオ・プレイヤーズ等‥の海外の一流アーティストが出演するなど、オープン当初からソウルフルな黒人バンドが演奏していましたが、日本でGSデビューをしていたフィリピンのグループ"デ・スーナーズ"や、1970年代初めはグッチ裕三がボーカルをやっていたソウル・ミュージックのバンドもいました。

中学生の頃によく聴いていたサム&デイブの、「Soul Man」と「Hold On I'm Coming」。アニマルズのエリック・バードンのバージョンもとてもソウルフルです。


タグ:赤坂 MUGEN
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The Three Degrees [Disco Sund]

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荒野のならず者」←音源はタイトルをクリックしてお聴きください。

1970年代に一世を風靡した女性ヴォーカル・トリオ、"ザ・スリー・ディグリーズ"が丸の内のライヴ・レストラン、「COTTON CLUB」にやってきます。1973年にフィラデルフィア・インターナショナル・レコーズと契約し、同レーベル初の女性グループとしてリリースした「荒野のならず者(Dirty Ol'Man)」は、当時、赤坂や六本木のディスコ・クラブでもヒットし、1973年から1975年にかけて「ソウル・トレインのテーマ(T.S.O.P)」、「天使のささやき(When Will I See You Again)」、「愛はメッセージ(Love is the message)」や、日本で制作された来日記念盤の英語と日本語ヴァージョンがある「にがい涙」、「ミッドナイ・トレイン」など、洗練されたフィラデルフィア・サウンドをヒットさせました。

"ザ・スリー・ディグリーズ"公演日程

2010年11月25日(木)26日(金) 名古屋ブルーノート
2010年11月27日(土) 横浜モーション・ブルー
2010年11月29日(月)~12月1日(水) 丸の内コットンクラブ

1974年の1月にスキーを兼ねて札幌出身の学友の実家へおじゃましたときに、ススキノで食事をした後に旧松坂屋(現、ラフィラ)の裏手にあった"キング・オブ・ヒルトン"へ飲みに行きましたが、当時ヒットしたレア・アースの「ゲット・レディ」、スティービー・ワンダーの「迷信」、つのだひろの「メリー・ジェーン」、スリー・ディグリーズの「荒野のならず者」などをレパートリーにする、バンドのボーカルと演奏がとても優れた店でした。他にはキャロルの「ファンキー・モンキー・ベイビー」や、かぐや姫の「赤ちょうちん」を演奏していましたので、東京のディスコとは違いダンス・ホールのような感じでした。当時のススキノでは"ホリデー・イン・ウエシマ"という、ナイト・クラブも人気だったようですね。


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Tina Charles [Disco Sund]

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夏目雅子さんが出演した1977年のカネボウ化粧品夏のキャンペーンで、CMソングに起用されて日本で大ヒットした「Oh!クッキー・フェイス」を歌っていた"ティナ・チャールズ"は、私と同じ1954年生まれのイギリス出身で(私は日本人ですけど!)、黒人のソウルミュージック界で成功を収めた白人アーティストです。1976年にディスコで大ヒットした、と言ってもこの頃はもうディスコへ行っていませんが、「恋のレディ・ダンス」は大好きだった曲です。因みに医科歯科大生の友人達はこの頃も赤坂や六本木で踊っていましたので、KC&ザ・サンシャイン・バンドなどのレコードを聴いていました。


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SOUL TRAIN [Disco Sund]

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黒人音楽専門のヒット曲を発信した番組「ソウル・トレイン」は、ロサンゼルスのスタジオから全国ネットでスタートをした第一回の出演アーティストのひとつが、"グラディス・ナイト&ザ・ピップス"だったそうです。「ソウル・トレイン」のアメリカでの番組スポンサーは名門百貨店のシアーズでしたが、日本ではファッション・ブランドのJUNが提供して、この番組の人気からソウル・トレインTシャツが発売され大ブレイクしましたが、銀座にディスコもオープンさせてディスコ・ブームと共に新しいトレンドを展開させたのでした。JUNグループにはインディーズ・レーベルもあって、代官山と福岡PARCOのレコード店ボンジュールはJUNの直営です。

"グラディス・ナイト&ザ・ピップス"は全米No.1の人気ヴォーカル・グループと云われ、モータウン・レーベルからブッダレコーズへ移籍して、"ジョージア行きの夜行列車"などのヒット曲でも知られており、"グラディス・ナイト"は1960年代からゴスペルも歌っていたソウル・シンガーです。1973年にリリースされたアルバム「イマジネイション」は翌年1月に全米1位になり、日本でリリースされたシングル「イマジネイション」は、ディスコのダンス・ナンバーとしても大ヒットしました。二曲目も同じく1974年に大ヒットした、"ジョージ・マックレイ"の「ロック・ユア・ベイビー」で、ソウル・トレインに出演時の映像です。

 

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