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Arabesque [札幌の想い出]

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広告代理店勤務だった頃に札幌へ初赴任をして2年が過ぎた1981年当時は、CDではなくレンタルレコードの店がたくさんあり、当時住んでいた地下鉄東西線西28丁目駅近くのショップで借りて、カセットにダビングして車で聴いていたのが、1981年5月にリリースされた初来日記念盤「アラベスク・グレイテスト・ヒッツ」でした。大通公園駅から4駅の西28丁目は山の手に高級住宅街の宮の森があり、隣りには徒歩距離の円山公園や18丁目駅には道立近代美術館がある好ましい環境でありながらも、賃貸物件は現在で180㎡5LDKのマンションが15万円程度という安さで、東京都心の千代田区や港区、渋谷区界隈の閑静な地区ですとワンルームぐらいの価格です。

話題が横道に逸れましたが、アラベスクは本国の旧西ドイツではヒットしなかったのですが、アメリカや日本でのコンサート・ツアーで人気を博し、その人気は日本から韓国・中国語圏などアジアにまで広がったように、「Rock Me After Midnight(邦題:今夜もロック・ミー」、「In For A Penny In For A Pound(邦題:恋にメリーゴーランド」 のメロディラインがオリエンタルで、戦後間もない頃の昭和歌謡の菅原都々子さんの「月がとっても青いから」や、藤山一郎さんの「丘を越えて」などのイントロにも似た懐かさがあります。因みに私は「今夜もロック・ミー」でリード・ヴォーカルをとっている、妖艶な美女サンドラ・アン・ラウアーが好きでした。


タグ:アラベスク
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さっぽろキャンドルナイト2011 [札幌の想い出]

昨夜下書きをして予約投稿で保存をしたところ、「サーバで技術的なエラーが発生いたしました。ご迷惑をお掛けいたしますが、しばらく経ってから再度アクセスしてみてください。」と、頻発するこのエラー表示で記事が消えてしまったので改めて書き直しての更新です。以前はエラーが出ても、消えることなく保存されていたのですが・・・。

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「100万人のキャンドルナイト」と銘打ち、電灯を消して省エネルギーや環境問題について考えるキャンペーンが、2003年の夏至(同年6月22日)に第1回が行われ、札幌では2004年から続いている「さっぽろキャンドルナイト2011」が、1年で最も夜が短い夏至の22日に行われました。「100万人のキャンドルナイト」の起源は、2001年に米国のブッシュ政権のエネルギー政策に抗議して起こった、カナダ発の自主停電ムーブメントで、日本全国と海外73カ国(アジア、ヨーロッパ、アメリカ、南アメリカ、オーストラリア、アフリカ、中東)に広がっているスローライフ運動の一つです。

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午後8時から10時までの2時間、ススキノ交差点のネオンや道庁赤れんが庁舎、テレビ塔などのライトが消灯し、今年は東日本大震災の影響で特にキャンドルナイトへの関心が高まり、参加企業や団体のホテルやレストランなどではキャンドルを灯して食事やコンサートを楽しむ催しもありました。

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東京の自宅では以前から間接照明を使っていた私は、テーブルに往年の洋画に出てくるような、アンティークのキャンドル・スタンド(燭台)を置いています。画像はイタリア製の真鍮ですが、以前"miopapa"さんのブログで紹介されていた、蜜蝋のクレヨン等で有名なドイツのシュトックマー社製の陶器の燭台を気に入って、名古屋へ行く機会にmiopapaさんの工房へ伺いますとコメントをしながらも、あれから1年以上が過ぎてしまいました。miopapaさん、ごめんなさい。

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「100万人のキャンドルナイト」から、愛の灯が世界中に広がるように。ポール・マッカートニー、ロッド・スチュアート、ジョー・コッカー、エリック・クラプトンの豪華メンバーによる「愛こそはすべて(All You Need is Love)」です。


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LAT.43°N [札幌の想い出]

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画像は北海道無料写真素材集DO PHOTOからお借りしたもので、藻岩山展望台から望む札幌市街です。

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藻岩山山麓には観光スポットの「ちざきバラ園」がありましたが、残念な事に昨年10月に閉園しました。ちざきバラ園があった中央区伏見3丁目界隈は札幌の高級住宅街で、バラ園入り口の手前には三階建て二棟の建物で、カウンター越しに市街の夜景を楽しめる"N43"というBARがありまして、"N43"へ初めて行ったのは20年前の夏の出張時でしたが、クリスマスの夜に雪景色を眺めながらJAZZのBGMで飲むのも良いです。

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BAR"N43"は1989年11月22日にリリースされた"DREAMS COME TRUE"の名曲、「LAT.43°N」のモチーフになった店だそうで、この曲のタイトル「LAT.43°N(forty-three degrees north latitude)」も札幌の緯度から付けられています。作詞/作曲は吉田美和で、札幌と東京の遠距離恋愛を歌った楽曲だそうです。


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アディオ・サッポロ [札幌の想い出]

昨日に続いて、札幌をテーマにした楽曲です。楽しい想い出も、辛かった想い出にも、そのシーンには必ずと言っていいほど音楽が伴います。長い年月を経ると想い出よりも、その音楽に触れて当時を想い出す事が多いのではないでしょうか。福岡の鮫島さんの8月14日のブログに、鮫島さんが札幌のHBC北海道放送局でアナウンサーをされていた頃の想い出の曲、Schlager(シュラーガー)と呼ばれるドイツのポップスを歌う女性歌手、"カーチャ・エプシュタイン"の「アディオ・サッポロ」という楽曲をUPされておりまして、とても素敵な曲ですので音源をお借りしました。鮫島さんのブログはこちらです。http://musameji.at.webry.info/201008/article_5.html

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ジャケットは横浜外国人墓地正面入り口の、山手門前で撮影されています。

札幌から横浜へ飛びます。1960年代から'70年代の洋楽、邦楽の好みが鮫島さんととてもよく合うのですが、この楽曲もその中の1曲です。ベイ・ビーツは1967年にグループ・サウンズとして結成されていましたが、GS衰退期の1969年にメンバー編成とグループ名を変えて、リリースされたのが「愛のモトマチ」でした。昔は週末に友人達と横浜へ飲みに行き、関内と桜木町で店をやっていたマスターのマンションに泊めて頂いて、翌日は山下公園や港の見える丘公園で日が高いうちから、缶ビールや缶チューハイを飲み、日が暮れる頃からは元町や中華街で遊んでいました(遠い眼差し)。


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落陽 [札幌の想い出]

考えてみたらこの4年、旅らしい旅をしていませんでしたが、所用で名古屋へ行ったり、北海道内の各地へ行く事も旅の内でしょうか。

1981年の9月中旬に遅い夏休みを取って、苫小牧発仙台行きフェリーに乗り仙台で一泊して、翌日の列車で東京へ行き東京から新幹線で岡山へ、岡山から宇高船で高松へ渡り、香川、高知、愛媛の三県を周遊券で周り、最後は道後温泉に二泊して東京へ戻りました。そして10月始めに東京から札幌へ戻り、札幌での赴任を終えて引越しの準備をして帰京したのでした。今思うと27歳の頃は、さすがにタフだったなあと思います。


タグ:吉田拓郎
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札幌夏の風物詩 [札幌の想い出]

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札幌夏の風物詩である大通りビア・ガーデンが7月21日~8月15日まで開催され、期間中は札幌の街中、特に大通公園は1丁100m四方の7丁分がすべてビア・ガーデンになります。三船敏郎のように"男は黙ってさっぽろビール"!火、木が寡黙な私の今日の音楽も寡黙に、1967年のヒット曲、ザ・トレメローズの「サイレンス・イズ・ゴールデン」ですぞよ!(爆)もう1曲はザ・ヒューマン・ベインズの1968年のヒット曲で、ベース・ギターのノリが好い「Nobody But Me(邦題:ノー・ノー・ノー)」、この曲は当時流行したゴーゴー・ダンスのステップ、"シンガリン"、"シェイク"、"ブガルー"、"フィリー"を歌詞にしています。日本ではバニーズが1967年3月に「レッゴー・シェイク/シェイクNO.1」と、1968年5月に「レッツ・ゴー・ブガルー/サマー・ブガルー」をリリースしました。

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ラストはGS衰退期の1969年11月にリリースされた曲、レモン・ルーツで「想い出のビア・ガーデン」。


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The Kippers [札幌の想い出]

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昨年8月の「北国の夏は短くて」に書いた1963年に札幌で結成されたGS、ザ・キッパーズが経営するライブハウス「The Kippers」(札幌市中央区南5条西3丁目 ニューすすきのビル 2F)へ行ってきました。オールディーズ、ベンチャーズ、グループサウンズを生演奏する店ですが、ススキノにあるジャズ・クラブ「DAY BY DAY」(札幌市中央区南5条西2丁目 中銀ビルB1)は姉妹店だそうで、オーナーのジャズ・シンガーのご主人がキッパーズのメンバーだそうです。東京だと青山や六本木に行きつけのジャズ・クラブやバーがありますが、札幌でジャズのライヴを聴きながら飲めるのも嬉しいですね。

 

キッパーズが'67年から'83年まで専属バンドだった、1967年にオープンしたナイト・クラブ「コンコルド93」は、当時のススキノでトレンディな店だったそうで、1981年に私も友人と行きましたが、私が行った時のバンドがキッパーズだったのでしょうね。店の名は1969年に就航したフランスの旅客機「コンコルド」と、住所が南9条西3丁目だったことから「コンコルド93」になったと、スナックのマスターから聞いたことがありました。

私がこのグループを知ったのは4年前で、友人の鮫島宗哉さんがHBCのアナウンサーをされていた頃に、イベントの司会でキッパーズとお仕事をされたお話を伺ったときでした。キッパーズは1934年に創業した札幌グランド・ホテル別館1階のラウンジ・バー 、「オールド・サルーン1934」での駅伝ライヴにも定期的に出演していて、往年のファンが支持する北海道の人気バンドです。「オールド・サルーン1934」には、うるう年を含めた366種類のバースデー・カクテルがあり、東館1階の「キャラベル」は、大航海時代の帆船のキャビンをモチーフにした、ブリティッシュな雰囲気の趣のあるバーです。

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1969年9月にリリースされたデビュー・シングル、「風のふるさと」のB面「星のロマン」です。(音源は、タイトルをクリックしてお聴きください)


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YOSAKOIソーラン 2010 [札幌の想い出]

私が「YOSAKOIソーラン祭り」を初めて観たのは3年前でしたが、大通り公園の西8丁目会場で小雨が降る中で観たファイナルの演舞と、初夏の夜空に響き渡る北海道民謡の「ソーラン節」と、和太鼓、三味線の音色に感動しました。2008年は東京へ帰っていたので観られませんでしたが、今年で19回目を迎えた「YOSAKOIソーラン祭り2010」が9日にスタートして、5日目の昨夜は大通り公園西8丁目の特設ステージで繰り広げられたファイナルで、YOSAKOIソーラン大賞は「夢想漣えさし(ゆめそうらん えさし)が受賞。大賞3連覇を成し遂げていた「新琴似天舞龍神(しんことに てんぶりゅうじん)は、2008年から続けて今年も準大賞でした。

 


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虹と雪のバラード [札幌の想い出]

38年前の1972年2月3日~2月13日まで行われた札幌オリンピックは、日本およびアジアで初めて開催された冬季オリンピックでした。この札幌オリンピックのテーマソング、『虹と雪のバラード』は1971年3月からNHK「みんなのうた」の「札幌五輪のうた」のコーナーで流されて、トワ・エ・モワの楽曲として知られていますが、このレコードは黛ジュン、菅原洋一、ピンキーとキラーズ、佐良直美。トワ・エ・モワと同じ芸能プロダクションに所属していた、ジャッキー吉川とブルーコメッツや、スクールメイツなどの競作で発売されていました。

作曲は村井邦彦さん、作詞は元札幌医科大学教授の河邨文一郎(かわむら ぶんいちろう)さんです。整形外科医の河邨文一郎さんは、北海道の「肢体不自由児の父」と呼ばれた名医で、北大医学部在学中から金子光晴に師事し、詩人の富原孝とは同人仲間で親友でした。医師活動をする傍ら、詩人としても多くの作品を残したことでも知られています。札幌医大の講師で整形外科医だった作家の渡辺淳一さんは、河邨文一郎さんの教え子のひとりだそうです。

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虹と雪のバラード』『愛の子守唄』(音源はタイトルをクリックしてお聴きください)

このレコード・ジャケットは、以前UPした「海辺の石段」のB面、「冬の嵐」と同じ写真が使われています。

 

河邨文一郎詩集 (日本現代詩文庫)

河邨文一郎詩集 (日本現代詩文庫)

  • 作者: 河邨 文一郎
  • 出版社/メーカー: 土曜美術社出版販売
  • 発売日: 1996/08
  • メディア: 単行本

雪と薔薇―北の詩集 (1967年)

雪と薔薇―北の詩集 (1967年)

  • 作者: 河邨 文一郎
  • 出版社/メーカー: 北書房
  • 発売日: 1967

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サンセット・メモリー/1981 [札幌の想い出]

今から29年前の1981年、私はこの年の10月まで約2年半の間、初めての赴任で札幌にいました。1981年は想い出に残る年でして、元旦に観た正月映画は『帰ってきた若大将』で、若大将シリーズが1971年の「若大将対青大将」でシリーズが終結して以来、10年ぶりに制作された作品でした。6月には再結成したザ・ワイルド・ワンズの『白い水平線』がリリースされて、当時すすき野にあった平尾昌章がプロデュースするライブ・クラブ、「サン・トレビアン」でワイルド・ワンズのライブもありました。そしてこの年の春に南一条通りにオープンしたのが、1978年に倒産したヴァンヂャケット社が、経営陣を代えて復活したVANの直営店でした。

1981年の12月にスタートした、札幌大通り公園の第1回ホワイト・イルミネーションを、私は見る事ができませんでしたが、このイベントのコンセプトを提示したのは、この度経営破綻した日本航空の当時の札幌支店長です。この方はニューヨーク支店駐在時に見ていた、ロックフェラー・センターのイルミネーションの美しさが心に残っていて、美しい札幌の町並みをイルミネーションで装飾してはどうか、という考えから案を出したのでした。

1981年1月25日にリリースされた、杉村尚美の『サンセット・メモリー』も札幌での想い出の曲です。この曲は1981年1月6日~3月31日まで、日本テレビ系で放送されたテレビドラマ、「炎の犬」の主題歌でした。そして10月に東京へ帰った頃に聴いていた想い出の曲は、1981年11月1日にリリースされた来生たかおの『夢の途中』です。同年12月に公開された映画、「セーラー服と機関銃」で主演をした、薬師丸ひろこのバージョンでご存知の人が多いでしょうね。

29年前の北海道の想い出を書いていますが、今回の赴任の想い出を29年後に綴るとすると、私は85歳になっていますので、もうこの世にはいないかもしれません。そう考えると北海道にいる今の一日一日を、新たな想い出作りのページに綴らなければいけないですね。

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サンセット・メモリー』音源は、タイトルをクリックしてお聴きください。

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夢の途中


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好きです札幌 [札幌の想い出]

先日UPしたアン・ルイスの曲名のように、「白い街サッポロ」の大通り公園に11月27日(金)~2010年1月3日(日)までの38日間、恒例のホワイト・イルミネーションが点灯されています。このイベントが最初に開催されたのは、私が初めて札幌へ赴任して2年が経過した1981年の12月でしたので、この年の10月に東京へ戻った私は第1回ホワイト・イルミネーションを見ていないのです。今年で第29回目を迎えたホワイト・イルミネーションは、約45万個の灯りが札幌の夜空を幻想的にライト・アップしています。「さっぽろ」の語源は、アイヌ語の「広場」という意味だそうです。

1980年から81年にかけて、「好きですSAPPORO」というキャンペーンをやりました。そのプロモーションの一環としてリリースされた曲が、「森雄二とサザンクロス」の『好きですサッポロ』です。当時、すすき野のスナックや料理屋など、何所の店でも必ずと言っていいほど有線で流れていました。

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好きですサッポロ』(音源はタイトルをクリックしてください)

李朱朗(リー・ジュラン)の『あの人はいま札幌』です。ご存じない方が多いと思いますが、作曲はザ・ベンチャーズで、1972年にリリースされた楽曲です。「♪粉雪の降るなか一人 噂聞き訪ねてきたの 北の街札幌の夜・・・」30年前は東京から札幌へ、私を訪ねて来てくれた女性がいましたねぇ!と、日記には書いておこう!(爆)

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あの人はいま札幌』(音源はタイトルをクリックしてください)

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社会人になって間もない頃、スリムで若いなぁ~!写真のクーラー・ボックスには、缶ビールが入っていました。(爆)


札幌の星の下で [札幌の想い出]

今週から夏期休暇に入っている会社が多いようですが、景気低迷のせいもあって観光客がいまひとつといった状況の北海道です。先日、登別温泉の老舗旅館の社長夫妻と、札幌中ノ島にある割烹で食事をする機会がありました。登別温泉の観光客も前年をかなり下回っていて、大型ホテルでは今まで例をみなかった、中国からの修学旅行生を集客しているようです。日本列島の広範囲を占める北の大地の大自然と文化、食材などに触れて、良き想い出を心に刻んで帰国された事でしょう。

石原裕次郎の『恋の町札幌』を始め、札幌をタイトルにした曲と歌詞がたくさんあります。30年近く前に私がカラオケで好きだった、ロス・プリモスの『札幌の星の下で』という曲に、”泣きじゃくる 泣きじゃくる 千歳の空を 今日も飛ぶ あのオーロラよ ・・・”とあるのですが、ここでのオーロラというのは、昭和40年前後に羽田―千歳を飛んでいたJALの深夜便、「オーロラ号」の事で、当時、午前2時頃に千歳空港を飛び立ち、週2往復していたそうです。今でも運航していたら、是非利用してみたかった。

 

この曲は、東京―札幌間での遠距離恋愛をしていた相手が、逢瀬のあとに別れを惜しみつつ、このオーロラ号で帰っていたのでしょうね。「なまらロマンチックでないかい!(北海道弁です)」現在の札幌―東京のフライト時間は1時間20分ですが、当時は2時間以上かかったと推測しますと、羽田着は5時頃なので始発のモノレール、電車に接続していたのでしょう。当時の東京-大阪-福岡には、夜行便「ムーンライト」も運航していたそうです。高度経済成長期の、良き時代を物語っています。そう云えば当時、私を東京まで追いかけてくれた人がおりました!(と、日記には書いておこう)

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音源はこちらです


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